新疆ウイグル自治区 自転車ツーリング 第0回

新疆ウイグル自治区とは

日本人に「新疆ウイグル自治区を知っているか?」という質問を聞いた時、名前は知っていると答える人は多いだろう。しかし場所を言える人となるとグッと数は減ると思う。どんな民族が住んでいるか、等さらに踏み込んだ質問をしていくと即答できる人はもうあまりいないと思う。答えられるのは社会の授業を全く聞かずに、地図帳や便覧を眺めていたような人くらいだろう。この地域は日本人にとってそんな距離感だと思う。

新疆ウイグル自治区は、現在の中華人民共和国の北西にある。中国と言っても東アジアというにはかなり奥地にあり、文化的には中央アジアである。この辺りは国境が複雑に入り組んでおり、国境を接している国が多い。もともと内政の都合だけでも政治的に複雑な場所だが、外国との距離の近さが緊張感に拍車をかけている。国境付近では警察や軍隊に厳しく監視されることになる。次話以降に後述するが、筆者ももともと予定していたルートを走っていたところ、防衛上の理由で外国人はこの先は進めないと言われ、計画を変更することがあった。

File:Xinjiang prefectures provinces labelled.png
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Xinjiang_prefectures_provinces_labelled.png

ウイグルとはある特定の民族を指す言葉である。ルーツは中央アジアの遊牧民にある。テュルク系の民族で、トルコに近い言語・文化を持ち、宗教は主にイスラム教が信仰される。テュルクとトルコは同じ意味で、トルコの方は江戸時代に定着した日本語である。

新疆ウイグル自治区は現在の中華人民共和国の一部だが、名前の通りウイグル人が多く住んでいる。それ以外にもカザフ族やモンゴル族など、その他の少数民族も多く住み、中国の中では特異な場所になっている。中国人のステロタイプといえば日本人と似た顔つきの漢民族だろうが、そこからかけ離れた中央アジアっぽい顔つきの人がたくさんいて、エキゾチックな雰囲気が出ている。

中国人のイメージからはちょっと違う顔立ち

もともと少数民族が住んでいた土地に、現代になってからマジョリティが入植したという意味では、日本で言うと北海道にアイヌの人がいるのと似ている。しかし完全に同じではない。アイヌ人はピーク時でも2.3万人ほどしかいないため、人口500万人以上の北海道では割合としてはごく僅だ1) 平成 29年北海道アイヌ生活実態調査報告書 https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/2/2/8/9/7/0/3/_/H29_ainu_living_conditions_survey.pdf。そのため入植してきた漢民族と、元から住んでいる少数民族の人口が拮抗している新疆とはまた事情が違ってくる。

新疆ツーリングのモチベーション

たまに勘違いされるが新疆は面白半分で行ったわけではない。新疆それ自体の旅行先としての魅力は、普通の人から見ても結構ポップなものだと思っている。例えば、シルクロードとして栄えた歴史から来る文化的な面白さと、雄大な自然の風景は分かりやすい。そして物価は安く、肉や野菜の食材は豊かで、味付けも日本人の口に合う。

拌面という料理。日本の外食は炭水化物や肉が多くなりがちだが、こちらは野菜もケチらずたくさん使われる。300円くらい。
地方都市では最高級の部類のホテルだが、これでも500元 (1万円くらい)。新疆で外国人が宿泊する場合は大都市化か地方中核都市に限られ、地方中核都市だと写真のような最高級ホテルしか泊まれない。
少数民族の中には今でも草原に住むグループがある。彼らの生活道路はスケールの大きい景色ばかりだ。

とは言え、それと同じような魅力を持つツーリング先は世界にはたくさんある。なぜ色々ある選択肢から新疆を選んだのか。

ニュースを見ていれば分かる通り、現在の新疆には政治的に怪しい雰囲気がある。そのため今後外国人が自由にツーリングできる場所ではなくなるかもしれない、と言う不安があり今のうちに行っておくかと思い立ったのが決め手になった。これは次話以降に後述するが、実際に新疆内での外国人に対する目は厳しく、この不安は裏付けられることとなる。

本章では現在の緊張関係に至った背景と、似た境遇のチベットの話を説明しておきたい。

新疆の政治的背景

現在の新疆は中国の領土になっているが、ここに至るには他のヨーロッパや中央アジアと同様に、色々な政権に代わる代わる支配された長い歴史がある。近代までの歴史は省略するとして、現状の背景を抑えるには辛亥革命以降を簡単に理解しておくとよいだろう。

近代まで現在の新疆にあたる場所は清の領土だった。その後、1911年に中国各地で発生した辛亥革命とその後の流れで、新疆も中華民国、続いて中華人民共和国が支配することになった。その間、2度の独立運動が発生し、ウイグル人政権による実効支配が実現している。この政権が第1次/第2次東トルキスタン共和国である。

この2回のウイグル政権はどちらも短命に終わった。第1次東トルキスタン共和国は1933 – 1934年の間、第2次東トルキスタン共和国は 1944年 – 1950年の短期間のみ成立していた。第2次東トルキスタン共和国の終了後、 現在は中華人民共和国の統治下となり、新疆ウイグル自治区となっている。

中華人民共和国に加わったあとも、今日まで断続的にウイグル人活動家と中国政府との衝突が発生してきた。これは中国政府の共産党イデオロギーに基づいた政策 (例: 一人っ子政策のための避妊、宗教の忌避など) と、イスラム教やウイグル人の価値観との折り合いがつかなかった結果である。これがかつて武装蜂起により新疆でウイグル政権を確立することに成功した東トルキスタン共和国を継承し、この民族自決を求める活動は東トルキスタン独立運動と呼ばれる。

その後、911同時多発テロに始まった国際的なテロへの警戒感を追い風に、中国政府は東トルキスタン独立運動を分離主義として批判、強行姿勢をとり今の関係性に至っている2)新疆ウイグル自治区と中国政治 新免康 https://www.jaas.or.jp/pdf/49-1/37-54.pdf

更にここ最近では自由主義諸国で存在が噂され、批判の根拠されているウイグル人へ弾圧のこともある。本稿ではこの噂の真偽や是非については議論しないが (実際筆者にとっては真偽不明である)、外国からそういう目を向けられているという自覚は、当局の外国人への警戒につながっていると考えられる。例えば旅行者を装ったジャーナリストの入国は実際にある話だろう。実際、写真を撮っていると警察から注意を受けることがあった。旅行者として現地でのトラブルを回避するためには、中国政府が何を懸念して、旅行者にどんな行動をとってほしくないのかを抑えておくべきだ。

チベットの先行例

少数民族の自治区という意味で似た境遇のチベットは、その意味では悪い意味で先行している。チベットは現在、入域に許可が必要となっている。かつ、この許可は個人での申し込みが不可能で、ツアー会社を通してしか発行されない。

中にはグレーなツアー会社を利用して上手く入境する方法もあるらしい。しかし仮にグレーな方法で入境後したとして、自転車でのツーリングか可能なのかは全く分からない。入境が表向き自由な新疆では「外国人が自転車に乗っている」というただそれだけの理由で、警察から取り調べを受けたり、パトカーで運ばれるようなことを毎日のように受けた。それなのにチベットにグレーな方法で入国したとなればどうなるか分からない。 入国や入境で綱渡りをした話を聞くことがあるが、ヒッピー以外にはこういう旅行は勧められない。

チベットは、中国人ガイドを伴ったツアーで行く分には旅行しやすい国だ。実際ガイド付きの自転車ツアーをパッケージ売りする旅行会社もあるらしい。しかし、ガイド連れでは一般的な自転車ツーリングは不可能だ。禁止はされていないが、事実上、自転車ツーリングが困難な国になってしまっている。

新疆に入境する方法

次に入境するために必要なペーパーワークを考えてみよう。実は新疆の入域は特別な申請は不要で、中国の一般的なルールが適用されるだけだ。現状、日本人であれば2週間以内の滞在であればビザは必要ない (本稿執筆時点はCOVID-19の影響でビザ免除の制度は停止している3) 新型コロナウイルス感染症(日本人の中国訪問15日以内査証免除措置の一部暫定停止) https://www.cn.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000200.html)。ただし自転車での旅行は別となる。ビザが必要な要件に以下の項目があるからだ。

特殊な旅行(登山,自ら用意した交通手段を利用する場合など)又,チベット自治区への旅行の場合は,従来どおり事前にビザの申請をしなければならない.

http://www.chn-consulate-fukuoka.or.jp/jpn/lsfw/zjqz/t720425.htm

これをまともに解釈すれば、自転車旅行はビザが必要という判断になる可能性が高い。自転車旅行でビザが必要なのか、経験者に話を聞いても解釈は割れているようだが、行ってみてダメだった場合どうなるのかわからない。またトラブルを起こしてしまうと今後中国に入国できるのかもよく分からない。中国に行かないにしても、中国でのトランジットもできなくなるかもしれないし、台湾が独立しないと台湾旅行も行けない。あまり深く考えるまでもなくビザを申請することにした。

参考に言うと、筆者は途中の道中の保安所でビザを確認される状況が実際に発生した。なかった場合にどうなっていたかは分からないが。

ビザの申請は個人でも申請することができるが、自分の場合は旅行代理店経由で取得した。申請フォームを確認したところ、一見してよく分からない項目が複数あったので、旅行代理店に質問しながら記入したかったというのが理由だ。これに加えて (少なくとも2018年当時) は書類ベースでのオフライン申請しかできなかったので、差し戻しがあるとめんどくさい。

特に写真撮影のレギュレーションが厳しく、初見だと落とされるとの噂だ。実際自分も1枚目の写真は差し戻しをくらった。ただしこれは旅行代理店での差し戻しなので、代行した甲斐があったと言える。代行手数料は観光ビザのシングル(30日)で13,500円だった。自力で申し込んだ場合は8,000円なので 4)中国ビザの申請料金 https://bio.visaforchina.org/OSA2_JP/upload/file/20190904/%E6%97%A5%E6%96%87%E7%AD%BE%E8%AF%81%E8%B4%B9%E7%94%A8.pdf 、実質5,500円が代行にかかった費用となる。こうして無事、書類上は新疆へ行く準備が整った。

続く

References   [ + ]

1.  平成 29年北海道アイヌ生活実態調査報告書 https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/2/2/8/9/7/0/3/_/H29_ainu_living_conditions_survey.pdf
2. 新疆ウイグル自治区と中国政治 新免康 https://www.jaas.or.jp/pdf/49-1/37-54.pdf
3. 新型コロナウイルス感染症(日本人の中国訪問15日以内査証免除措置の一部暫定停止) https://www.cn.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000200.html
4. 中国ビザの申請料金 https://bio.visaforchina.org/OSA2_JP/upload/file/20190904/%E6%97%A5%E6%96%87%E7%AD%BE%E8%AF%81%E8%B4%B9%E7%94%A8.pdf