冬期シベリア自転車ツーリング | ロシア連邦サハ共和国

文・写真・動画 / 京都大学サイクリング部
企画 / naoyayamamoto_f65x

玄関を出れば氷点下数十℃の世界。それも1年の半分は川や森や土までもが氷に覆われている世界である。我々日本人が想像も及ばない、全てが凍りつく世界で生きる人々が存在する。

東シベリアにサハ共和国という国がある。世界一寒いと言われるその国で、人はどのような暮らしをしているのだろうか。人類が北方に進出した歴史はそう古くはない。つまりそれは寒冷地に適応できるように進化した身体を元々持っていたのではなく、知恵と工夫が北方への進出を可能としたということではないだろうか。好奇心がその場所へ足を踏み入れさせるならば、その地で暮らす人々の文化や叡智に触れるだけではなく、自己の中にそれらを内在化させたいという思いがある。すなわち寒冷地への適応を自らの経験を通して再構成するというのはどうだろうかと思い至った。さらに言えば、個別の経験というのではなく、個人の身体的能力には極力依存しない、汎用性をもった、再現可能な経験にはならないものか。未知のものを吸収する過程で、個人的な経験を集団内で共有可能な経験へと拡張できないだろうか。そしてさらに、この小規模な集団内での文化発生の経験を、直接の経験ではないにしてもイメージの伝達によって外部へと拡大させることはできないだろうか。今回、集団という方法を取った意味はここにある。

実は私たちが所属する京都大学サイクリング部という組織の中にあって、冬のシベリアに自転車で旅をすることはすでに偉大な先人によって切り開かれていた道である。想像力や情報の基礎はすでにあった。と同時に個人的なものとして断片化されていたそれらを拾い上げて再構成し、時には更新することはとても面白く感じた。そんな大義を掲げながらも気の向くままに進めていった作業が狙い通りになったのかはまだわからないが、少なくともこういった試みを行えたことは幸運に思う。

私たちは2018年に一度目の遠征を企図したものの装備やリスク管理の甘さからほとんど何も出来ずに撤退している。その時に本当に多くの方々に助けられたし、今もその関係は続いている。2020年に二度目の挑戦で行程の完遂という目的は達成した。それも私たちを受け入れてもらって、再挑戦も快く承諾してもらって出来たことである。いつしかシベリアに対する印象は凍てついた空気から人の温かさに変わっていた。

マップ

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行程の概要図。サハ共和国の首都ヤクーツクまで飛行機。オホーツク海に面する街マガダンとヤクーツクを結ぶ基幹道コリマ街道を通った後、新期造山帯であるヴェルホヤンスキー山脈越えのルートを経て、世界一寒い村の一つであるヴェルホヤンスクを目指した。約3週間を費やして約1300kmの道のりを走破した。

テーブルを囲んで食事をしている人達

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一度目の渡航の際に知り合ったシシギン・ピョートル氏は日本語が堪能で、計画段階から帰国に際してまで大変お世話になった。また、彼を通じて彼の友人や、サハ共和国の対外関係省との面会の機会もいただいた。

床に座る少年

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生命線であるガソリンの運搬方法は諸説あったが、結局友人たちに借りたガソリン用の小ボトルをたくさん持っていくことになった。アルミは熱伝達が激しいので、布などで覆うのをお忘れなく。

人, 屋内, 座る, 男 が含まれている画像

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ヤクーツク近郊での予行演習。寒いだけで消耗することや、テント内で2つの火器を同時に使用しするため、調理中に動く危険を再確認した。もちろん換気は適切に行わなければならない。

雪の上を歩いている人たち

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ヤクーツクを出発。仲良くなった現地の自転車好きが40kmくらい一緒に走って見送ってくれた。高校地理で習ったレナ川には橋が架かっておらず、夏季は船舶のみが往来可能であるため、河川や湖沼、湿地帯が凍ることで冬季にのみ走行できる道(ジムニック)が運輸を担っている。サハ共和国の道路の3分の2はジムニックである1)奥村 誠, 河本 憲, サルダーナ・ボヤコワ (2011) ロシア連邦サハ共和国の冬道路と地球温暖化の影響 http://strep.main.jp/uploads/mokmrp1/okb1110.pdf

屋外, 雪, 自然, 男 が含まれている画像

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???

雪の上に置かれた自転車

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テーブルの上にある数種類の食事と男性

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カフェでのよくある食事。カフェとは(たぶん)24時間開いているレストランで、長距離トラックなどの休憩地点となっている。村の入口にあることが多い。

バイクに乗っている男

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ソロで走るイタリア人サイクリストと遭遇。彼は真冬の時期から走っていたようで、もう暖かいからと薄手の靴を履いていた。とんでもない量の荷物だったが、軽やかに走っていった。

テーブルを囲んで座っている男性

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コリマ街道終盤の街ハンディガにて。ここまでを総括したり、食糧計画を細かく詰めたり、価値観を交換したり…

雪の上で自転車に乗っている人たち

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何度かパンクに見舞われたが、パンク修理は常温と同様に可能だった。ただ、空気入れの力の加わる部分が樹脂でできているものは折れるので注意。

人, 屋内, 座る, 男 が含まれている画像

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幕営地に着いた後の動き、テント内での位置、荷物の置き方、調理手順、それぞれの仕事等を予め規定していた。

テーブルの上にあるいろんな食べ物

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採取した氷を加熱して水を得る。現地の裕福な家庭では、毎年初冬になると一家総出で湖などに行き、氷を切り出して家の氷室に保管するらしい。このような水は水道水よりも上質なものとして扱われていたし、実際氷を溶かした水はおいしかった。

雪の上に立っている女性たち

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寒さに慣れた後では、行動中は驚くほど薄着だった。メッシュインナー+インナーレイヤー+フリースワンピース(+フリースジャケット)で過ごしていた。これは真冬の京都の服装と言われても違和感は小さい。これは汗をかかないためだが、背中や太腿などの熱くなりがちな部位に標準を合わせていたら内臓が冷えるので、腹にファーなどを詰めていたメンバーもいた。

テーブルの上に座っている男女

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人里離れた小屋に一人で暮らすおじさんに招かれ、凍った魚を削いだ刺身(ストロガニーナ)をふるまってもらった。川魚を凍らせただけでなぜこんなに美味しいのか。

雪の山にスキーしている人たち

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峠にて。

雪の上でバイクに乗っている人たち

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店の天井からぶら下がっている多数の人たち

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トポリノエ村で買い出し。人口千人に満たない村だが、商品は充実している。

テーブル, 屋内, 食品, 人 が含まれている画像

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トポリノエ村は周辺(とは言え数百km単位)のトナカイ放牧の集積地となっているため、トナカイ肉が安く手に入った。肉塊から骨などを除いて一口サイズに切り、一食分ごとに袋詰めして分けた。味は淡白だが臭みも少なく飽きることのない肉で、とても気に入った。

屋内, テーブル, 食品, 座る が含まれている画像

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この先の約500kmには村がない。メニューはペンネとバターと凍肉と味付き肉(トゥシェンカ、サラ)を煮込んだシンプルなもの。栄養価、手数の少なさ、現地での入手性、調理に絶対成功すること、味という観点から辿り着いた。毎食同じものだったが、毎回美味いと思えるほどの完成度だった。

テーブルの上の食べ物

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朝、保温ボトルにお湯と砂糖を入れて休憩の度に飲んだ。身体の隅々まで熱が行き渡るのを感じる。

雪が降った山の上に座っている人たち

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朝。といっても気温が低い時間帯には動き出さない。

丘の上で自転車に乗っている人

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砂浜で自転車に乗る人

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雪の上に置かれた自転車

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雪の中の家

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半径200kmに人の暮らしていないエマンダ湖の湖畔で気象観測をしながらイヌ、ネコと生活している男性にお世話になった。言葉が完全に通じたわけではなかったが、彼の脱物質的な生き方に衝撃を受けた。

砂浜で自転車に乗っている人たち

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背景パターン

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氷の採取には、体積変化で弾き出された氷を拾うやり方と、凍った水面から露天掘りのように破砕して氷塊を採取するやり方の2通りがある。雪から水を得る方法もあるが、雪はごみが含まれているうえに空気を多分に含むため効率が悪く、手数が多くなって鍋をひっくり返すなどの事故のリスクが大きいので採用しなかった。

雪の上を歩いている男

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雪の上で楽器を弾いて歌っている人

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煙臭くなり、背中が寒く、服に穴が開くこともあるので焚火の必要性はない。だが、緊急時に火を起こせないことは死に直結するため、緊急時ではないうちに焚火の練習をする必要がある。

夜に燃えている

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ソーセージやトナカイ肉の串刺しを焼いて食べた。実用上必要ではない焚火だったが、だからこそ心にゆとりが持てたし、焚火をする余裕があることを確認できた。

夜空に浮かぶ月の絵

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部屋に集まっている人たち

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約500kmぶりの村で民家に泊めて頂いた。Xbox360をやらせてもらう代わりに我々の持っていたカメラと自転車を貸すと、興味津々だった。

テキスト

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ヴェルホヤンスクで-67.8 ℃が記録されたことを記念する碑。

砂浜でくつろいでいる人たち

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ヴェルホヤンスクのマンモスのモニュメントの前での集合写真。

謝辞

本項は京都大学サイクリング部(KUCC)の寄稿で作成されました。彼らの他の活動はこちらで読めますので、合わせてご覧ください。(編集者)

References   [ + ]

1. 奥村 誠, 河本 憲, サルダーナ・ボヤコワ (2011) ロシア連邦サハ共和国の冬道路と地球温暖化の影響 http://strep.main.jp/uploads/mokmrp1/okb1110.pdf