自転車自然主義

自転車自然主義。スポーツ自転車で自然を存分に楽しもうッ!という話ではありません。自転車に乗るという行為についてというよりも、どのように自転車と向き合っているのか?という話です。

私にとっての自転車とは「日々を味わう道具」だと最近、考えが至りました。通勤や通学、街の移動手段を基本として、ローカルの里山をマウンテンバイクしたり、バイクパークしたりの反復運動だったり、繰り返される日々+αの中での「気付き」を得られる道具。その事を含めて、自転車に喜びを見出しているかと。

ただ、この「日々を味わう道具としての自転車」を推したい思いで語ろうとすると、どうにも伝えにくい。物語性が高くないので広く多くには伝わりづらい。対極である物語性が高いものに吹いて飛ばされてしまう。さらに言えば、物語性の高いほうを基準にレッテルを貼られてしまう。

物語性が高いものほど、よく目につく。美談とか、金メダルとか、グイグイ伝わってくる。語り手も、聞き手もウットリ。私も物語性の高いモノは好んできました。ただ最近、唐揚げとか霜降り牛とか脂っこいものを胃が受け付けなくなってきたように、物語性の高いものを遠慮しがちになってきました。

長い間、モヤついていた本件。東京ポッド許可局のとあるエピソードを聴いて、ストンと腑に落ちたのです。オジサン名人芸が極まっているこのポッドキャスト番組、まずは聴いてほしい。ぜひ聴いてほしい。今回、私がイチバン伝えたい事はこの「ジャンル美学論」についてだ。

第461回「ジャンル美学論」: 東京ポッド許可局

http://tokyopod.seesaa.net/article/485749720.html

さて皆さん、聴取されただろうか?  ジャンル美学論。物語性が高いことを「ロマン主義」とし、その対極にあるのが「自然主義」であると文学の作法で紹介されていました。このことから、私の自転車との向き合い方は自然主義的であり、いうならば自転車自然主義であるといえるのです。

どちらが良いか悪いか、優れているか否か、そういう話ではなく、その差異を感じとるのが楽しい。ロマン主義と自然主義、それぞれと向き合ってバランスとるのが楽しい。私は自転車自然主義であると掲げましたが、たまには大きな挑戦をしてロマンに身を焦がすのも悪くないのです。

この話の流れで手にとってほしい本があります。黒い本と白い本と私が勝手に称している、自転車文化を核にしたフィクションとノンフィクションです。

黒い本こと砂川文次『ブラックボックス』

人と自転車を、バイクメッセンジャーの日々の暮らしを、自転車愛好家でもある著者がネットリと、ジットリと表現した純文学。

白い本こと山本元喜『僕のジロ・デ・イタリア』

自転車競技で世界に挑むという一見するとロマン主義的なアウトラインだが、著者が積み重ねてきた実践をもとに、物語性を廃した論理的な提案が眩しいノンフィクション作品。

以上2作品、自転車文化の見つめ方のコントラストを、そして気付きを楽しめるかと思います。ジャンル美学論と合わせて、あなたの自転車ライフの糧になれば幸いです。

乗ってナンボなスポーツ自転車ではありますが、自分がどのような心持ちで自転車に触れているのか、たまには自分自身に、内に向き合ってみるのも楽しいですよ。理解が及ばなかったことに気付きを得るきかっけとなり、自己肯定ライジングできるので。それに考え事は、コスパ最強のおすすめコンテンツですしね。

それでは今回は以上、エンジョイ、考え事ッ!