資料でたどるバイクパッキングの歴史と未来

[2022-01-14追記] 続編を公開しました。主に本稿執筆時に資料が入手できていなかった、日本語で「バイクパッキング」という言葉を最初に伝えたと思われる書籍と、現代的なラックレス積載システムの黎明期について、詳しく記載しております。ぜひご覧ください。

イントロ

Miyata: 声をかけて頂きました宮田です。とりあえず参考になるかなって情報を並べておくと、小~中学生の時に夏に知床で野営を教わって、高校に入ってからはモータサイクルが関心の中心になり、20代後半になってからテント泊を挟みながらの北米大陸横断もしました。自転車ツーリング歴は5-6年くらいで、やはり山に入ったり野営を入れるのが好きです。

2019年 妙義山の麓にて

otakuhouse: 宮田さんを参考に自己紹介します。 otakuouseです。 自分の子供時代は、ずっと地元の愛知県の地方で過ごし、旅行に行っても両親に連れられるだけ、という冴えないものでした。けっきょく大学もその延長で地元の普通の公立大学に入学しましたが、いわゆるサイクリング部 (テントや鍋を自転車に積んで旅するサークル) に入部したことをきっかけに、自転車と旅に傾倒するようになりました。大学卒業・大学院修了した今でも、土日を活動の中心としつつ、年に1~2回ほどは数週間のツーリングもして、自転車ツーリング歴は10年以上です。モラトリアムの延長までして大陸横断などの大きな旅行をしたタイプではないですが、細く長く色々なところを走ってきました。よろしくお願いします。

2017年冬 フィンランドにて

Miyata: こちらこそ、よろしくお願いします。数週間のツーリングを毎年一回はやる、てのは「細く」ないと思いますが(笑)、それだけやってると荷物の積載レシピも充実してきますよね。自分はotakuhouseさんが2018年の記事で書いている「とりあえずパニアでいい」(大意)に頷かされるところが大きくて、まさにそんな感じのパッキングが最初でした。モータサイクルの発想でリアにラックとパニアバッグ、その上にバックパックを積んで、今から振り返ると重量はバランス良くないものの、舗装路メインだったこともあってか、まあ普通に乗れました。近頃はバッグを直に車体に取り付ける、いわゆるbikepackingの手法も取り入れていて、bikepacking.comとかRadavistとかをチェックすることが多いです。ところが、最近そこにラックやパニアがbikepackingの一環としてちょいちょい登場するんですよね。そうすると「あれ、この言葉の定義なんだっけ?」てなる。「文字通り bike(自転車) + packing(荷造り)ってことでいいの? いいか。いいね!」 みたいな。otakuhouseさんの認識はどんな感じですか?

otakuhouse: パニアとバックパックいいですね。予備知識や流行は無視して余計なことは考えず、最速でスタートを切るには1番の方法だと思ってます。

さてbikepacking という言葉の認識ですが。自分は建前と本音の部分を分けています。まず建前というか、人前で使うときは「キャリアを要しない、フレームバッグやシートバッグのような、自転車に直接つけるバッグを使ってパッキングすること」と意味で使っています。固有名詞を出すとレベレイトデザインポーセリンロケットが作っているような製品を使うことですね。宮田さんの認識よりもっと狭義な使い方をしています。

でも本心としてはbackpackingという言葉に近い気持ちで認識してます。積載の道具やテクニックというよりは、荷物を持って自転車で旅行する行為そのものを緩く表現する言葉で、特にバッグの種類も特定するものではないです。宮田さんよりさらに広い解釈をしていることになりますね。ただデファクトスタンダード的に自分が建前で使っているような意味で通されてしまっているし、自分と同じ目で見ている人は少数という自覚があるため、混乱を避けたい気持ちで使い分けをしてます。

backpacking
[…]
mainly US
the activity of walking from place to place in the countryside, carrying the things you need in a backpack and camping at night

主にアメリカ英語で
必要な物をバックパックで運び、夜はキャンプしながら田舎をあちらからこちらへと歩く行為

https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/backpacking

ただ建前も本心もどちらも、何か根拠をもって言えることかといえば、なんとなくの部分が多分に含まれてしまっています。そこで本稿では、資料を調査し自分の考えをまとめながら、今の段階での結論を得たいと思っています。読者のみなさんにもその過程を追体験し自分の考えを持ってもらえればと思います。

Miyata: 導入ありがとうございます。なるほど、荷物のある自転車旅という行為そのもの、との認識が軸足なんですね。自分はほぼ積載スタイルの視点だけしか持ってませんでした。その視点でも、スーパーで買ったものをママチャリのカゴに詰めるのだって、あえて呼ぶならbikepackingでもいいのでは、と感じてました。車体に直でバッグをつけるタイプのツーリング装備という意味では「現代バイクパッキング」みたいな言い回しをして明確化しているつもりでいましたね。かつてのbikepackingのスタイルがラックにパニアだったのを知っていたので。具体的には、National Geographic誌の1973年5月号に“Bikepacking Across Alaska and Canada”(アラスカ・カナダ横断バイクパッキング)という記事1) この記事を書いたDan Burdenは、近年アメリカなどで盛んになっているプレイスメイキングに関わっている。ただしDan自身が車社会の負の面を強く意識するようになったのは1980年のオーストラリアでの休暇がきっかけらしい。Hemistourの時の彼の意識はそれほど社会問題には向いていなかったのだろうか。 が載ってます。ちなみに今回また調べてみて全文がネットで読めることが分かりました。

1973年5月のNational Geographic誌に載った記事“Bikepacking Across Alaska and Canada”。
Adventure Cycling Association2)Adventure Cycling Associationの前身は1976年のアメリカ横断サイクリングイベントBikecentennialで、これはこのNational Geographic記事になった旅のメンバーが仕掛けた。のサイトで公開されている文書(PDF)より。

Bikepacking=荷物の積載スタイル、ではなかった

otakuhouse: 1973年ですか。bikepackingという言葉としては初出でしょうか。この記事でも話の焦点はギアではなく、旅の行為そのものやその体験にあたっていますね。backpacking的な使われ方であると思います。

話を分かりやすくするために、ラックとパニアを使わないパッキング方法を、「ラックレスシステム」と呼びましょう(そういう言葉があるようです)。個人的には「現代バイクパッキング = ラックレスシステム」というのは、共感できる部分もありつつ、不正確さが残るまとめ方かなと感じています。積載の視点に話を絞っても、キューベンファイバーやカーボンなど現代の技術を使ったパニアやラックも存在するし、逆に革や帆布を使ったラックレスシステムも昔からあったようなので。現代という言葉だけで表現するのは、ちょっと解像度が足りないかなと感じるところがあります。

19世紀末、ニューヨーク~サンフランシスコを走破し記録を樹立したハリー・リビーと彼の自転車(1896年のMunsey’s Magazine 15号より)

パッキングのスタイルは、寝袋やテントなどその他のギアの性能や、コンビニやガソリンスタンドのような補給地点の発達度にも大きく依存します。National Geographicのbikepacking記事の題材になっているHemistourは、最終的にはティエラ・デル・フエゴまで到達したようですが、1970年代前半に南北アメリカ縦断するとなると、記事内の写真で確認できるようにパニアとラック、さらに巨大なスタッフバッグくらいは必要だったと推測します。

いずれにしても1973年にはbikepackingという言葉をラックレスシステムに限定せず使っていることが分かりました。少なくとも現代の使われ方よりは大らかだったようですね。

Miyata: 「ラックレスシステム」は明瞭でいいですね。bikepackingという語そのものについて言えば、前述のナショジオ記事での使用が公刊物では最初のようです3) Cannondaleのファンサイトで閲覧できる同社の1973年の夏物カタログおよび秋冬物カタログ(いずれもPDF)にも“bikepacking”の語が登場している。夏物カタログの方はNational Geographic誌5月号よりも早く発行されていた可能性がある。当時Cannondaleはバックパックや自転車用品を製造しており、後者としては小型パニアを含む“Bikepack”シリーズの他、“Bikepacker”というモデルを中心としたトレイラー(総称“Bugger”)がラインナップされていたようだ。トレイラーの特性を考えると“bikepacking”のニュアンスは舗装路メインということになりそうだが、Buggerを装備して約27kgの荷物を積み5000kmを走破した19歳の若者の冒険が紹介されていることなどから、キャンプ泊に対応した自律型の長距離ツーリングがイメージされていると思われる。この資料は本稿の公開直前に見つかったため本文には入れていない。 。これは同誌記者のNoel Groveの発案らしく、HemistourのメンバーJune J. SipleがUrban Dictionaryの”bikepacking”の解説にそのことを書いています4) Twitterで関係者に問い合わせ、本人による投稿と確認。 。そこには「bikepackingはこうでなれけばらないというルールはないが、Hemistourではエンジン付きの乗り物によるサポートは使わず、夜はほとんどキャンプで、調理もキャンプ用の器具で行うことが多かった」と記述されています。

他の例もいくつか紹介します。1982年、アメリカのWilliam SandersがBackcountry Bikepacking: Everybody’s Guide to Bicycle Camping(バックカントリー・バイクパッキング:自転車キャンプ入門ガイド)を出版しています。ここでも積載はラック&パニアですが、bikepackingはやはり自転車キャンプ旅という行為のことを指しているようです5) アメリカのWilhelm夫妻によるThe Bicycle Touring Book:The Complete Guide to Bicycle Recreation (1980) でも同様 。生活必需品(と自分がみなすもの)を全て背負って野を旅するbackpackingの自転車版、あるいは両者のミックスと考えれば大体あってると思います。1973年に創刊されたBackpacker誌の1984年7月号の特集がbikepackingで、そこでの言葉の使われ方もこれ。

otakuhouse: なるほど。やはりpackingという語感がギアや積載スタイルを想像させてしまっていますが、当初の想定としては行為そのものを指す言葉と言えそうですね。そうすると次に湧いてくる疑問は、bikepackingとはそれ以外の自転車ツーリングとは何が違うのか?何がbikepackingをbikepackingにさせているのか?という点です。写真から一見して分かるだけでも、1973年の初出から本稿執筆時点の2020年まで表層的な部分では大きく変化していますので、そこがbikepackingの本質ではないとすると、何がコアのアイディアなのかを考えていく必要がありそうです。

未舗装・野営・ラックレス中心の2010年代へ

otakuhouse: ではbikepackingという言葉は1973年が初出、意味としては主に行為を指している、として話を進めましょうか。これを軸として現代までに至るまでのbikepackingという言葉の使われ方について追っていきたいと思います。

詳細な調査はあとに回すとして、現代のbikepackingの使用状況をざっくり眺めると、オフロードサイクリングとキャンプを中心とした冒険的なものであるという合意がありそうです。これはbikepackingで画像検索したり、ソーシャルメディアでのハッシュタグ検索などから分かることです。bikepackingといえばラックレスが多い、でも色々なライダーの自転車を見ていると少数派ながらラックも使っている。これがオフロードで走る想定なので、という話だと辻褄が合います。言葉としてパッキングのスタイルは限定しないけど、オフロード走る前提なので結果的に似たようなラックレスのセットアップが多いという。

初出と思われるナショジオの記事の“bikepacking”にどこまでの意図があったか分かりませんが、今となっては冒険的要素を含んでいる言葉なのかな、と感じています。量産品のマウンテンバイクは1981年にSpecializedが発売したのが最初と言われていますが6)Seb RogersによるSpecialized創業者Mike Sinyardのインタビュー(2010年のBikeradar記事)、1973年は今から見れば「マウンテンバイク存在前の世界」なので、確実に世の中が変わっていると思いますし。

Miyata: ふむふむ。bikepackingという語の出現率をGoogle Books Ngram Viewerでみてみると、1970年代から2000年過ぎくらいまで低い波がポコポコ連なっていて、それがいったん凪いだ後、2010年を過ぎたあたりから、新しい、より大きな波が起こってます。特に2014年くらいにドカンときて、2017年が一つのピークになっている。オフロードとキャンプを前提に、ラックレスシステムを中心とした積載で自転車旅をする=bikepackingとの認識が主流になったのがこの新しい波の特徴みたいですね。

Google Books Ngram Viewerに登録された出版物における“bikepacking”の登場率の変化 。※1940年代に山が現れているのは、1973年の記事の情報を含むNational Geograpic誌の1947-1976年の目録がシステム上1947年の刊行物として処理されているため。

面白いなと感じるのは、1973年のナショジオ記事のbikepackingも積極的に未舗装路を選んでる自転車旅ってところです。前述の1980年代の資料のbikepackingも、ルートは舗装路が主流ながら基本的にキャンプ旅であり、全体としてアウトドア志向。1994年9月のBackpacker誌のbikepacking記事、それから1995年4月の同誌bikepacking記事になると、ラック&パニアにキャンプ装備を積むところまでは同じでも、車体がMTBになり、走るところは未舗装の道路やトレイルになってます。それぞれ、その時に手に入る機材で、自分たちがやれる範囲のワイルドなツーリングを試みている。今のbikepackingも精神性は近いんじゃないでしょうか。

Bikepacking行為は19世紀からあった?

Miyata: こうした系譜を踏まえた上で自分自身の考えを言えば、冒険心と一定量の荷物がpackされている自転車旅なら、仮に舗装路メインで野宿なしでもbikepackingと呼べるんじゃない?ということになります。

otakuhouse: 冒険心は主観なので、冒険心の多寡でどこからがbikepackingかを決めるのは難しいですが、冒険的な姿勢が求められる、というのは多分そんな気がします。サイクリングの難易度は常に道具やインフラ(道路網、店、インターネット、、、)の状況によって変わりますが、冒険心と難易度はとても関係の強い要素なので、時代によって形が変わっているのも納得です。最近のbikepackingはMTB / グラベルバイクと軽装備の組み合わせが一般的ですが、現代はあらゆる道具の進化により簡単にできることの範囲が大きくなってしまったので、冒険心の受け皿がライトウェイトなアウトドア路線だったのでしょう、と推測します。

逆に冒険的かどうかで考えると、言葉が出てくるずっと前からbikepackingは存在していたと言っていいんじゃないかなとも思えてきます。ずっと前と言ってももちろん自転車が発明されて以降の話ですが。1864年のペダル駆動自転車の発明から間もなく自転車旅の概念は誕生し、1886年にはThomas Stevensによって世界一周が達成されています。インフラも道具も未発達だった当時の苦労は計り知れないものがあります。また当時は山賊や猛獣の危険もあったようで、それらに対抗するための拳銃を持って旅をしていたそうです。現代に入ってから確立されたbikepackingの姿とはかけ離れていますが、これをbikepackingと考える人は少なくないのではないでしょうか。

Thomas Stevens著Around the World on a Bicycle(後編)より

Miyata: ペニーファージングでの自転車世界一周はとても分かりやすい大冒険ですね。同じ頃ノルウェーのネーロイ・フィヨルドで撮られた写真にも、旅の装備をくくりつけた自転車の人々の姿があります。ラック&パニアはまだ無かったようで必然的に「ラックレス」。ハンドルバーのバッグは今時のスタイルとも重なりますね。そしてやはり積載方法に関係なく、使えるものを使って旅をしていることの冒険性においてbikepackingと呼びたくなります。

2381. Sogn, Nærødalen, Velocipeder
1885年頃、スウェーデンの写真家アクセル・リンダール氏がネーロイ・フィヨルドで撮ったとされる写真(ノルウェーの国立図書館のFlickr投稿より)。

明白なキャンプ前提の自転車旅を確立した人としてはイギリスにThomas Hiram Holdingという仕立屋さんがいて、1901年にAssociation of Cycle Campers(自転車キャンパー協会)を設立、1908年にはCycle-Campingの章を含む著書The Camper’s Handbookを出しています。そこには日本産の絹で自作した約450グラムのフロアレステント(ポール・ペグは別)など現代でもかなり軽量といえるキャンプ道具、キャンバス生地や革でできたラックレスのバッグ類、さらには出回り始めて間もないであろうラックおよびパニアへの言及もあり、どこをどう走るかという話もあってもう実質的なbikepackingの始祖と呼んで良いくらいです。ただ1970年代までの間にはモータリゼーション等による自転車利用全般の衰退と社会全体の変容が挟まっているので、Cycle Campingとbikepackingの連続性の追跡はここでは扱い切れそうにありません。

モータリゼーション以後の自転車冒険旅行

Miyata: 冒険性を大きく左右するものの一つである道路について補足しておくと、欧米で平滑な舗装路の整備をプッシュしたのは熱心なサイクリストたちでした。自分たちが快走できる道を求め、政治的な影響力を持った自転車団体などが1870年頃からロビー活動を行ったんです。そして実際にそうした道が増えていった。ところがそこへ自動車が登場し、いくつもの自転車団体がモータースポーツの団体に変容、結局は四輪の自動車が道の覇者となりました。このあたりのことはCarlton Reidの著書Roads Were Not Built for Carsに詳しく書いてあります。

自動車の大衆化、そして平滑舗装路のネットワークを前提とした都市と郊外の標準化、という20世紀の流れの背景に、19世紀末から20世紀初頭 の自転車愛好家の(遊びのための)舗装改善要求があった。このある意味で皮肉な構図を踏まえると、1970年代に言葉として登場したbikepackingが持つ未舗装路や野営といったワイルドなものへの志向はいっそう重要な意味を帯びる気がします。

otakuhouse: 自分はそのあたりはあんまり詳しくないですが、今も残ってる有名なところだと Cyclinguk.org とかですよね。多くの自動車団体に変わった自転車団体は、本質的には自転車の利用を推進していたというよりは、その時点での新しい乗り物を活用し、そのためのインフラを作っている、という意識だったのかなと思います。

自転車旅行は1970年代の時点で既に100年ほどの歴史を持つわけですが、モータリゼーション以前と以降では明らかに意味合いが違いますよね。Thomas Stevensの時代から数十年間は、自動車やそのためのインフラが未発達なので、陸路の冒険の手段として、自転車には一定の合理性があったと理解しています。一方、道路網も充実して自家用車やオートバイも普及した1970年代であれば、旅行の選択肢として自転車を選んだモチベーションは、基本的には「わざわざ」だと思います。

少し余談ですが、ちょうど僕が所属していたような大学サイクリング部は、一般的にOBになると自転車をやめて別の手段で旅行をする人と、自転車に乗り続ける人で分かれていきますが、これと似ています。自転車をやめてしまう人にとっては、自転車は大学生の旅行手段としてスケールがちょうどよかっただけで、お金があったら車の方がいいわけです。

Miyata: あー、身近なサイクル野郎も、学生の時に資金力があったら自転車じゃなくカブで旅してたと思うって言ってました。他に選択肢がある状況でなぜ「わざわざ」自転車なのか、は面白いですね。

1973年のナショジオbikepacking記事になった自転車旅Hemistourの走者の一人Greg Sipleは「自分が10歳そこらだった頃(1950年代の末)、自転車は子供の玩具でしかなかった」「16になったら自転車は妹にやって自分は車に乗るというのが当たり前だった」と2017年に地元紙に語っています。戦後のアメリカでは、自転車はもう普通の大人が乗るものではなくなっていた。映画Back to the Futureで主人公マーティが1955年にタイムトラベルして若き日の父親ジョージに会いますよね。チンピラ高校生のボスであるビフが仲間とオープンカーを乗り回す一方で、いじめられてるSF小説オタクのジョージはシュウィンの自転車で移動してます。あれはめっちゃ分かりやすい。

映画Back to the Futureの一場面(https://youtu.be/PRq-wAaz1EI?t=126

この状況がひっくり返り、自転車の価値が広く再認識されたのが1970年代だったんです。Margaret GuroffのThe Mechanical Horse: How the Bicycle Reshaped American Life(機械じかけの馬:こうして自転車はアメリカの暮らしを変えた)という本によると、そもそも1950年代には運動そのものが成人には望ましくないと考えられていたみたいです。研究が進むにつれて身体を動かすことの必要性が見直され、1960年代にはジョギングが一般に広まって、自転車に乗る大人も都市部を中心に徐々に増えてきた。また当時は公民権、女性の権利、ベトナム戦争といった問題に加えて公害が大きな社会問題とみなされるようになっていた時代で、環境負荷の極めて低い自転車に注目が集まったそう。戦後の関税引き下げで欧州から性能の良い自転車が入ってきていたことや、強力な購買層としてのベビーブーム世代の存在も大きかったようです。

そんなこんなで1970年代前半にドカンと (19世紀末以来の) 自転車ブームがきて、自転車キャンプ旅 aka bikepackingも盛り上がった、と解釈していいんじゃないですかね。ナショジオ記事とBackpacker誌の創刊が共に1973年なので、この頃、自転車に限らず自分の身体を動かして野山や遠隔地を目指す活動が、相対的にぐっと大衆化したのだと思います。

アメリカにおける屋外レクリエーションおよび運動量の多いスポーツの変遷。左は一週間にどのくらいの時間をかけているか(一人あたり平均)。右は日常的にそうした活動をしている人の割合。Juha Siikamäki, “Use of Time for Outdoor Recreation in the United States, 1965–2007” (2009) より。

UL普及後の新しいbikepacking

otakuhouse: そろそろ現代のbikepackingについて考えてみたいと思います。bikepacking.comにちょうど“Bikepacking 101”(バイクパッキング概論)というページがあるので、これを参照してみましょう。 ここでは以下のようにbikepackingを”mountain biking”と”minimalist camping”を組み合わせたものであると定義しています(太字は引用者による)。

Simply put, bikepacking is the synthesis of mountain biking and minimalist camping. It evokes the freedom of multi-day backcountry hiking, but with the range and thrill of riding a mountain bike. It’s about exploring places less traveled, both near and far, via singletrack trails, gravel, and abandoned dirt roads, carrying only essential gear. Ride, eat, sleep, repeat, enjoy!

簡単に言えば、bikepackingはmountain bikingとminimalist campingを統合したものなんだ。数日にわたるバックカントリーハイキングと同様の自由を感じさせてくれるだけでなく、マウンテンバイクで駆けまわることの行動範囲の広さとスリルもついてくる。シングルトラックやグラベルや使われなくなった未舗装道路を通り、本当に必要な物だけを積んで、近場でも遠くでも、あまり人の通わないエリアを探索する。走って、食べて、眠って、それを繰り返して、楽しむこと!

上掲の引用部はMTBを前提としているような書き方にも見えますし実際MTBの量産によるオフロードサイクリングの大衆化はbikepackingの分岐点にもなっていますが、現在のbikepacking.comの記事にはMTBもグラベルバイクも登場します。現代的なグラベルバイクの台頭で状況が変わったことを考慮し、ここでのmountain bikingは単にオフロードを自転車で走る行為そのものを指す言葉と解釈するのがよさそうです。 bikepackingの現代的な定義の一つをオフロードツーリングとするなら、初出であるナショジオの記事や、 1990年代 のBackpacker誌でもオフロードを積極的に選んでいたことが分かっていますので、この点は初出から一定の連続性が認められます。

Minimalist campingに関しては、ハイキング / backpackingカルチャーにおける、いわゆるUL(ウルトラライト)と似たものだと解釈しました。ULとは1990年代にアイディアが生まれ、2000年代に普及したムーブメントです。簡単に言えば、それまでの荷物の多いハイキング / backpackingを見直し、身軽な装備で山を歩き自然回帰しよう、という哲学です7)ULハイキングとは hikersdepot.jp。このULからハイキングの要素を抜いたミニマリズムだけを、minimalist campingという言葉で表しbikepackingの構成要素としているのでしょう。

こちらは1970年代からのbikepackingにおけるキャンプとは質的に異なる、明らかに現代のbikepackingが確立する過程で加わった要素です。bikepackingの起源についてこれまで深掘りしましたが、今のところミニマリズムと合流したきっかけは結局よく分かりません。

しかし一つ繋がりとして言えそうなのが、現代のbikepackingに影響を与えているMTBとミニマリズム(UL)は、どちらも自然回帰的なカウンターカルチャーとして生まれたという点です。1970年代のアメリカでサイクリングやアウトドアが流行ったムーブメントの中にbikepackingという言葉の起源があることも含めると、bikepackingは常にその時代で新しくてオルタナティブなものを取り入れてきた、という一貫性はありそうです。

Miyata: 状況証拠から言えば、1980-90年代にはMTBが入ってきたもののまだラックにパニアを使っていたbikepackingが、2010年以降になってラックレスシステムを積極採用するUL bikepackingとして継承ないし再発明されたみたいですね。Bikepacking.comを立ち上げたLogan Wattsのマニフェストにはこの言葉を事前に知っていたとの記述はなく、Revelate Designsの草創期についても同様(こちらは長距離オフロードレースが背景にある)。これらをそのまま受け取れば、「再発明」の線が有力ということになります。もちろん実際には関係者が古い本や雑誌でbikepackingを目にしていた可能性もあるでしょう。今のところ、決め手はつかめていません。bikepacking史のミッシングリンク。

このゆるやかな一貫性・連続性は面白いですし、また一方で、カウンターカルチャーの新陳代謝みたいなものも興味深いなと思います。1970年代にベビーブーム世代の若者たちがこぞって自転車に飛びついたのにも、カウンターカルチャーの側面(車社会からの脱却など)と大衆による大量消費の側面があるわけですよね。誰も彼も欧州由来のドロップハンドルのスポーツ車を買っていた。でも同じ頃、時代遅れの鈍重な国産ビーチクルーザーを安く手に入れて改造し、サンフランシスコ郊外の山を下って遊び始めたヤバい連中がいた。彼らの作っていた改造車クランカーが量産MTBに繋がり、1980-90年代のbikepackingにも取り入れられます。MTBにラック&パニアのbikepackingは実際やっていた人はそう多くないでしょうが、MTB自体は街乗りを中心に大衆化しましたよね。今のbikepackingはどうでしょうか。単に軽量ギアを買い漁ってメディアが提示する遊び方を真似るだけの消費活動になってないかな、と思うことが割とあります。

otakuhouse: 自分がフォローしている本国アメリカの情報はメディアやインフルエンサーが中心なので市井の人の状況は分かりませんが、少なくとも日本ではそう感じています。とは言え日本で本国からの文脈が継承されてしまうと具合が悪いというのは分かるんです。大規模なダブルトラックや公開されたシングルトラックが無い日本では、bikepackingを実践するのは誰にでもできることではないですから。企業は企業で利益を上げないと続けられませんし、ある程度は目をつぶらざるを得ない部分はあるのではないでしょうか。

タブーに触れるようですが、上掲したBikepacking.comファウンダーであるLogan Wattsのマニュフェストを見たところ、似たようなことに触れていますよね。企業スポンサーがついている状態でこの問題に触れることにリスクもあったと思います。しかし彼はこの中ではそれを否定していません。

Bikepackingのこれから

otakuhouse: bikepackingの出自を調べた上で今の状況を見ると、転換期を過ぎてしまったかなという感触を持っています。ドラスティックに新しい枠組みというのは出てきていませんし、大手メーカーが参入したのも既に何年か前のことです。さらに最近はポーセリンロケットのような中小メーカーの技術も上がり、大手のようなものづくりができるようになってきました。今は初出から50年近く経ち、歴史上初めてbikepackingという言葉が市民権を得た時代でもありますよね。Logan Wattsの比喩を借りれば、パンクロックが最後はポップパンクとして消費されていくように、カウンターカルチャーとしての当初の役目は終えつつあるのかもしれません。現代の意味でのbikepackingへの反動かは不明ですが、自転車ツーリング全体で見ればUltraromanceのように、再定義されたbikepackingとは違うトラッドなスタイルが再評価される動きもありますし、また何らかの新陳代謝が起こるのかもしれません。

Miyata: 軽装bikepackingとその用品、特にラックレスシステムは世界的にかなり一般化しましたね。日本も例外ではありません。ただ、bikepacking=ラックレス積載のこと、との認識が多数派になっていて、冒険的な自転車旅という意味はほとんど知られていない。でもこの認識だと、なぜUltraromanceのようなスタイルがアメリカのbikepacking系メディアで度々フィーチャーされるのか、理解できないはずです。というか、ここの結びつきは自分の中でも曖昧だった。

Ultraromanceに影響を与えたというRivendell Bicycle Worksの創設者Grant Petersenはまさにカウンター的な思想を持った人で、シーズンごとに技術革新が喧伝される業界のあり方に抗がってきたこと、世代を超えて引き継がれる製品を1994年からずっと作ってきたことを自社サイトで語っています。そうした長く使える道具で土地を感じるツーリングをする行為がUltraromance的bikepackingなわけです。装備の軽さというより、ライフスタイル全体のミニマリズムですね。最新の専用品を追いかけるのではなく身の周りのものを活かすスタンスは、ULハイキング / backpackingの先駆者として知られるエマお婆ちゃんとも重なります。

冒険的な自転車旅の実践こそがbikepackingで、装備は本人が納得していれば基本的に何でもいい。歴史を辿り、昨今の流れを概観してみて、自分の中の定義はこんな風になりました。今後はこういう意味で使っていこうと思います。言葉は誰かが管理するものではないので人の使用に口は出さないつもりですが、友達に薀蓄を語る可能性は高いです(笑)。otakuhouseさんはどうですか?

otakuhouse: 基本的には宮田さんと同じです。bikepackingの概念についていろいろ調べてみて、かなり弾力的な言葉であることが分かりましたが、一方で冒険性という一貫している要素があることも見えてきました。こんなに自由な使われ方をしてきた概念なんだから、そこを軸にして自分の解釈を持てばいいと思っています。ただし希望を言えば文脈を理解して先人にリスペクトを持った上で、自分の考えるbikepacking像を持ってほしいですね。これはcultural appropriationの議論に似ていると思います。この記事を書く前にそれができていなかった自分がこんなことを言うのも変な話ですが、それが資料の調査や対談の中で自分の考えを言語化して出てきた結論です。本稿がその助けになれば幸いです。

Bikepacking略年表

※補足記事「続・資料でたどるバイクパッキングの歴史と未来」執筆にあたり分かった事実を追記した(太字が追記事項)。

1864: ペダル駆動の自転車が登場。

1886: Thomas Stevensが世界初の自転車世界一周を達成。

1901: イギリスでThomas Hiram HoldingがAssociation of Cycle Campersを設立。

1908: Cycle-Campingの章を含む本The Camper’s HandbookをHoldingが出版、自転車キャンプ旅を成立させるための装備や方法の確立に貢献した。装備の面では軽量なテントやダウンキルト、革やキャンバス生地を用いたラックレスのバッグ類の他、ラック&パニアも登場している。

1973: National Geographic誌5月号の特集で公刊物としては初めて”bikepacking”という言葉が使われる。車体はドロップハンドルのツーリング車、積載はラック&パニアで、未舗装路も積極的に走っている。また Cannndaleの夏物・秋冬物カタログにもbackpacking用品と共に”bikepacking”用品が登場しており、小型パニアを含むバッグ類の呼称に”bikepack”、トレイラーの呼称に”bikepacker”が用いられている。

1975: MTBのプロトタイプとなる改造ビーチクルーザー(クランカー)が注目を集める。

1976年: 芦澤一洋『バックパッキング入門』刊行。締めくくりの一節で「ウィルダネスの旅」の一形態として「バイク・パッキング」を挙げている。

1981: Specializedが世界初の量産MTBを発売。

1982: アメリカのWilliam SandersがBackcountry Bikepacking: Everybody’s Guide to Bicycle Camping(バックカントリー・バイクパッキング:自転車キャンプ入門ガイド)を出版。筆者が勧める車体はドロップハンドルのツーリング車、積載はラック&パニアだが、未舗装路でのライディング技術やクランカーへの言及もある。

1984: Backpacker誌(創刊1973年)が7月号でbikepacking特集。二つのメイン記事の車体はドロップハンドルのツーリング車、積載はラック&パニア、ルートは舗装路が中心だが、未舗装ツーリングならクランカーがおすすめ、との記事も。

1994: Backpacker誌9月号でBikepacking特集。車体はMTB、積載はラック&パニア、ルートはトレイルを含む未舗装。

1995: Backpacker誌4月号にbikepacking記事。車体、積載、ルートは前年の記事と大きく変わらず。

2006年: ULを取り入れたbikepackingを自ら楽しみラックレスシステムを開発してきたJeff BoatmanがCarousel Design Worksを創業。

2007年: Great Divide RaceでCarouces Design  Worksのラックレスシステムを導入したJay  Petervaryがコースレコードを大幅に更新。

2007: Revelate Designs創業、アドベンチャーレース向けのバッグの市販を始める。

2012: bikepacking.com立ち上げ。

2017: 北澤肯『バイクパッキングBOOK』刊行。bikepacking自体については2000年代以降が中心の記述だが、この言葉がバックカントリー志向の強い自転車キャンプ旅を指すこと、カウンターカルチャー的な性質を持つbackpackingがルーツになっていることなどが解説されている。

References   [ + ]

1. この記事を書いたDan Burdenは、近年アメリカなどで盛んになっているプレイスメイキングに関わっている。ただしDan自身が車社会の負の面を強く意識するようになったのは1980年のオーストラリアでの休暇がきっかけらしい。Hemistourの時の彼の意識はそれほど社会問題には向いていなかったのだろうか。
2. Adventure Cycling Associationの前身は1976年のアメリカ横断サイクリングイベントBikecentennialで、これはこのNational Geographic記事になった旅のメンバーが仕掛けた。
3. Cannondaleのファンサイトで閲覧できる同社の1973年の夏物カタログおよび秋冬物カタログ(いずれもPDF)にも“bikepacking”の語が登場している。夏物カタログの方はNational Geographic誌5月号よりも早く発行されていた可能性がある。当時Cannondaleはバックパックや自転車用品を製造しており、後者としては小型パニアを含む“Bikepack”シリーズの他、“Bikepacker”というモデルを中心としたトレイラー(総称“Bugger”)がラインナップされていたようだ。トレイラーの特性を考えると“bikepacking”のニュアンスは舗装路メインということになりそうだが、Buggerを装備して約27kgの荷物を積み5000kmを走破した19歳の若者の冒険が紹介されていることなどから、キャンプ泊に対応した自律型の長距離ツーリングがイメージされていると思われる。この資料は本稿の公開直前に見つかったため本文には入れていない。
4. Twitterで関係者に問い合わせ、本人による投稿と確認。
5. アメリカのWilhelm夫妻によるThe Bicycle Touring Book:The Complete Guide to Bicycle Recreation (1980) でも同様
6. Seb RogersによるSpecialized創業者Mike Sinyardのインタビュー(2010年のBikeradar記事)
7. ULハイキングとは hikersdepot.jp